大判例

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名古屋高等裁判所 昭和34年(ツ)24号 判決 1960年1月29日

上告人 被控訴人・原告 熊木四郎

訴訟代理人 野村均一 外二名

被上告人 控訴人・被告 加藤吉郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由は別紙の通りである。

上告理由第一点について、

上告人はその主張の和解については上告人の白紙委任状によつて被上告人が依頼した阿久津弁護士が上告人の代理人となると同時にその時同席していない田中弁護士を阿久津弁護士が同様白紙委任状によつて被上告人の代理人に選任したものであると主張し、これを前提として弁護士法第二五条第一号違反を論議しているが、原審の判示したところによれば上告人(被控訴人)は阿久津弁護士をその代理人に選任して本件和解の申立をなさしめ、被上告人(控訴人)は田中弁護士をその代理人に選任してこれに応ぜしめ和解調書が作成せられたものであり、その間右阿久津弁護士が同時に被上告人の代理人となつたことはないと云うのであり右原審の認定判断は挙示の証拠に照らしてこれを是認することができる。従つて右事実関係の下においては弁護士法違反を論ずる余地はなく、なお弁護士法第二五条第一号違反の判例は上告人指摘の当裁判所の判決があつた後、最高裁判所小法廷にて昭和三〇、一二、一六と同三二、一二、二四日になされており右両者は事案をいくらか異にするものの、その見解を異にし前者は相対的有効説を採つているが、それをまつまでもなく右上告論点は理由がないこと明らかである。

同第二点について、

本件和解調書が作成されるに至つたいきさつは、被上告人の父訴外加藤文三郎が昭和二十六年中他から買受けた鉄筋コンクリート平屋建店舗建坪約五坪を当時上告人が使用していてその使用権原が右当事者間に問題となり協議の結果文三郎において上告人が右店舗を明渡す期限を昭和三十年一月三十一日まで猶予したが右猶予期間中に文三郎は右店舗及びその敷地を他に売渡すことにしたため上告人は文三郎の懇請により右明渡期限前に右店舗を明渡し、これに代えて文三郎の子である被上告人はその所有する名古屋市中区南大津通一丁目一番地所在の本件店舗を提供し明渡猶予期間を前の期間より一年延長した昭和三十一年八月三十一日までとして一時使用を許し、この和解契約につき将来の紛争を防ぐため本件和解調書の作成を見るに至つたものであることは原審の確定した事実であつて、右いきさつからすれば本件起訴前の和解当時右一時の賃貸借を明確にし将来賃貸借の性質につき間々生ずることのある紛争を避ける必要が存していたことが十分に窺われる。しかしてかかる場合も民事訴訟法第三五六条第一項の「民事上の争」に該当するものと解せられ、新たになす契約につき、あたかも公正証書の代用に作成する趣旨にて本件和解調書が作成せられたものとする右法条違反の論旨は理由がない。

又賃貸借に際し借家法の適用を排除する定めは通常の賃貸借においては脱法行為で無効であるが本件和解調書の賃貸借は一時の賃貸借であること原審の確定した事実であるから右借家法適用排除の定めは同法第六条に違反せず所論も亦理由がない。

よつて本件上告は理由がないからこれを棄却すべく民事訴訟法第四〇一条第九五条第八九条に則つて主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 坂本収二 裁判官 西川力一 裁判官 渡辺門偉男)

上告理由

第一点原判決は、本件和解調書の作成につき、弁護士訴外阿久津英三が上告人を、弁護士訴外田中親義が被上告人を各代理して作成された事に関して、右阿久津弁護士が同時に被上告人の代理人となつた事実を認めるに足るべき証拠はなく、却つて同弁護士は慎重に上告人主張の如き双方代理となる事態や弁護士法第二十五条第一号に牴触する危険を避け適法に事件の処理をなしたことが認められ、右両弁護士がその法律事務所を同じくしている事実のみにより直ちに違反の廉あるものとなし難く、と判示しているが、これは弁護士法第二十五条の解決を誤り、右法令に違背し、且、右法令の解釈について、前に名古屋高等裁判所が上告審として為した判決の趣旨に反している。

即ち、名古屋高等裁判所、昭和二十九年(ツ)第四号請求異議事件、昭和二十九年十二月二十四日云渡の判決(判決タイムス四十四号五十頁登載)を引用すれば左の通りである。「上告人は右和解の為め被上告人の代理人たる弁護士阿久津英三に対し白紙委任状を手交して自己の代理人となるべき弁護士の選任方を一任し阿久津弁護士はこれによつて自己と事務所を同じうする弁護士田中親義に上告人の代理人たるべく依頼し、その承引を得て右白紙委任状に同弁護士の氏名を記入しこれを裁判所に提出したのではないかとの形跡を窺い得ないわけでもない。もし然りとすれば右阿久津弁護士は自己の受任している訴訟事件について代理人選任という事柄で相手方の為め職務行為を為したるものと云うべく従つて右代理人選任は弁護士法第二十五条第一号に牴触し無効に帰するものと認めざるを得ない。左すれば本件和解の効力にも影響すべきを以て原審としては叙上の点につき思を致し十分に審理を尽した上本件和解の効力を判断すべかりしに拘らず原判決は毫もその点に触るることなく右代理人選任の点をただ民法百第八条及び公序良俗に反するや否やに関する問題としてだけ取上げ本件和解を有効のものと判断したのは審理不尽に基く理由不備の誹を免れない。尚右代理人選任が右仮定の如き推移でなされたとしても本件のような場合は毫も本人の利益を害することがないから弁護士法第二十五条の問題とするに足りないとの異論もあるであろうか。右規定の趣旨とするところは一方の当事者の代理人たる弁護士が本人を裏切り相手方に廻つてその利益を害せんとするを禁止せんとするばかりでなく弁護士をしてその使命に鑑み弁護士としての品位を涜さざらしめんとする律意をも包含するものと認められるからただ単なる相手方の為め代理人を選任するというような行為をも禁止の対象としているものと認めるのを相当と考える。」

右判決に云う如く、単に代理人選任という事柄ですら相手方の為職務行為をすれば弁護士法第二十五条第一号に牴触し無効に帰するものであつて、その解釈の精神は、右条項の趣旨が、弁護士としての品位を涜さざらしめんとする律意にあると認めているものである。誠に適正妥当な解釈である。然らば、本件に於て、阿久津弁護士の所為は如何と云うに、同人と被上告人の父親訴外加藤文三郎とは以前よりの知り合いであり、本件和解調書作成の際は被上告人が、本件事件を依頼する為に知り合いの阿久津弁護士をその事務所にたずねたのであつて、その時、上告人をも案内して同道したもので、上告人は阿久津弁護士とは未知の間柄であつた。然うして、和解調書作成につき、上告人の白紙委任状によつて、被上告人が依頼した阿久津弁護士が上告人の代理人となると同時に、その時その事務所に居合せてもいない(夜間である)田中弁護士を、被上告人の代理人とすべく、之又同様に白紙委任状によつて、阿久津弁護士が選任してやつたのであつて、被上告人と右田中弁護士とは全く知らない関係である。従つて、かかる行為は、双方代理や弁護士法第二十五条第一号に牴触する危険を避けた慎重な行為とは到底云えるものではなく、和解調書の効力そのものが無効に帰する性質のもので、この点に於て原判決は採証の法則に反し、判例に違反して法令の解釈を誤つたものである。

第二点原判決は、本件和解調書の契約は、その以前に、上告人と訴外加藤文三郎との間に作成されていた和解調書の家屋をその明渡猶予期限前に明渡させる為、被上告人がその所有する本件家屋を前の家屋に代えて提供するに際し、一時使用の賃貸借契約を為したものであると判示しているが、之は民事訴訟法第三百五十六条の起訴前の和解の法意を曲解し、且、借家法第八条、同法第六条の解釈を誤つたものである。

そもそも民事訴訟法第三五六条の和解は、民事上の争について和解を為すべきものであつて、新たに為す契約を、あたかも公正証書を作成するが如く、その代りとして和解調書を作成する趣旨に規定せられているものではない。然るに、本件に於ては、原判決の考えは前の和解調書の引継ぎの為に本件和解調書を作成したと認めているが如くであるが、契約の相手方は以前は訴外加藤文三郎であり、本件和解は被上告人であり、賃貸家屋も全く別個のものであつて、新たなる契約が発生したものと云うべく、その契約を執行力を持たせた債務名義にせんとして本件和解調書が作成されたものであつて、明かに民事訴訟法第三百五十六条の法意に反したものである。然も、本件和解調書の条項によれば、第二項に「一ケ月の使用料金五千円毎月末日限り其ノ月分ノ使用料ヲ持参又ハ送金スル約旨ニテ特ニ一時貸与スルコト」、第五項に「第二項記載ノ被申立人加藤吉朗ヨリ申立人ニ対スル同項記載ノ店舗ノ貸与ハ借家法ニ基ク賃貸借ニハ非ラズシテ特ニ第二項記載ノ貸与期間ヲ限リ好意的ニ一時之レヲ貸与スルモノナルコト、従ツテ右貸与ハ借家法ノ保護ヲ受ケサルモノナルコトヲ当事者双方互ニ確認スルコト」とあつて、明かに家屋賃貸借に際し、借家法の適用を排除するという公序良俗に反した脱法行為であり、借家法第六条に該当して無効である。原判決の云う如く、この様な和解調書がすべて有効ならば、世人は新たなる家屋賃貸借契約を締結する際、すべて借家法の適用を排除する旨を謳つて一時貸与の名目で和解調書を作成すれば、任意の期間のみ賃貸借を為し、期限が到来すれば正当の事由なく、明渡の強制執行を為し得る事となつて、借家法は有名無実、その存在の価値を失うに至るであろう。原判決は、この点に於て、民事訴訟法第三五六条並びに借家法第六条の法意を誤解し、その解釈を誤つたものであつて、吾人の到底、納得し得ないものである。

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